極東ロシア旅行記 - 4 ハバロフスク-市内観光


前回の記事 : 極東ロシア旅行記 - 3 ハバロフスク-アムール川遊覧

 

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こちらはガイドさんが個人的に気に入っているという木造建築。

資産家が個人的に所有している物件で、カフェとかにしたいのに政府から許可が出ないので何もできないという現状らしい。
誰かに貸そうと思っても許可が出ず、 2-3年そのままだとか…ロシアでは政府を相手取った建築系の裁判が多いと言っていた。 

 

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二次大戦の勝利を刻む Площадь Славы - 栄光広場

ハバロフスク市街南の少し外れにある丘の上には、二次大戦における実に2万人近い兵士と将校の名が壁に刻まれた栄光広場がある。

5/9 勝利の日にはこの壁に囲まれた永遠の炎に花輪を供える。

ウラジオストク潜水艦博物館でも見た永遠の炎、ロシア各地に設置されているようだ。

 

ロシアの戦勝記念日はナチス・ドイツが降伏文書に調印した5/9だが、これはモスクワ時間を採用しているためで、中央ヨーロッパでは23:43だったため5/8がVictory in Europe Day, VE-Day - ヨーロッパ戦勝記念日となっている。

余談ながらこの日はドイツでは敗戦ではなくナチス・ドイツから解放された日との位置づけで、現在では祝日にはなっていない。

この日から新たな歴史が始まったStunde null - 零時などと表現されている。

 

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Площадь Славы - 栄光広場にあるСпасо-Преображенский собор - スパソ・プレオブランジェスキー教会

その栄光広場にそびえるのがスパソ・プレオブランジェスキー教会。ロシアでは3番目に大きい正教会で極東ロシアでは最大のもの。後背からはアムール川を見ることができる。

一見歴史ある教会なのかと錯覚するが2003年に作られたまだまだ新しい教会。

内部は撮影不可だったが、祭壇にイコンが立ち並ぶスタンダードなロシア正教会といった感じ。

ロシア正教会の聖堂には基本的に椅子がないのだが、礼拝中貧血とかにならないのだろうか。

また西方教会と違って祈りに伴奏もないのでパイプオルガンなどの楽器もない。

いわゆる西方教会の大聖堂の豪奢な感じと比較すると、東方教会の聖堂はこぢんまりしていて落ち着きがある。

 

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隣接する聖職者大学校

10年前にできたという聖職者大学校。ここができるまでは聖職者はみな中央ロシアから送られてきていたらしい。

 

いろいろと矢継ぎ早に見て回ったがガイドさんとはここでお別れ。

腹ごしらえをしてからは1人で中心地を見て回ることに。

 

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🍴ウクライナ料理 ресторан Кабачок - レストラン カバチョク

Ulitsa Zaparina, 84, Khabarovsk, Khabarovsk Krai,  680000

 

Селёдка - セリョートカ(ニシンの酢漬け)

борщ - ボルシチ

пельмени - ペリメニ(ロシア風水餃子)

と定番の好きなもの尽くし!

ここのボルシチはニンニクが聞いていてとても美味しかった。ペリメニはたっぷりのひき肉が敷かれており初めて見るタイプ。

赤い飲み物は市場で見たбрусника - つるこけもものジュースбрусничный морс

 

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スタイリッシュなデザインの自転車置き場

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淡い色の可愛らしい建築が立ち並ぶ
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陽気の中まどろむ馬たち

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ハバロフスクのランドマーク ウスペンスキー教会を背景にした馬

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Градо-Успенский Собор Успения Божьей Матери - ウスペンスキー教会

アムール川からも見えたハバロフスク を象徴するようなウスペンスキー教会。

ウスペンスキーとは固有の名称ではなく、生神女就寝大聖堂のことを指すらしい。

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ウスペンスキー教会 エントランス
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教会広場

目抜き通りであるムラヴィヨフ・アムールスキー通りはこの教会広場が終端となる。

 

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赤軍博物館

ウスペンスキー教会のすぐ近くにある赤軍博物館、これまた戦車が野ざらしにされている。窓の意匠がかわいらしい。

受付に行くと入れてくれない雰囲気で、英語もドイツ語も全く通じないし初学者のロシア語では何も伝わらないのでGoogle翻訳に打ち込んでもらったら「Только коллективное посещение - 集合訪問のみ」とのことだった。 残念。

しかしGoogle翻訳も役に立つ。

今回初めてのロシアで語学に不安があると言っていたら、喋りかけるタイプの翻訳機が結構実用的だという話を複数人から聞いた。未来に生きているな…などと思ってしまう。

 

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こちらは夜のПлощадь Ленина - レーニン広場。ロシアの広場の中ではモスクワの赤の広場の次に大きいらしい。



噴水の色合いはなんだか俗っぽい。

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Памятник Ленину - レーニンの記念碑

 

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読める!と嬉しくなった標識 Стоп - STOP

 

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闇に浮かび上がるウスペンスキー教会

夜は夜でテーマパーク感が更に増すウスペンスキー教会。

ただ街灯が切れているところが多くちょっとうらぶれた雰囲気…。

 

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街は全体的に汚くはないのだが、街灯が切れていたりこう床が抜けていたりして、どうも行き届いていないという印象が。

もう少し整備されると寂しい雰囲気ではなくなるとは思うのだが、この寂しい感じが極東ロシアという感もあり…。

 

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アムール川も灯りに照らされ幻想的な雰囲気に。

 

 

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пельмени ペリメニ と вареники ヴァレーニキ

 🍴 Русский ресторан

Ussuriysky Blvd, 9, Khabarovsk 680000, Russia 

夜も夜でまた大好きなペリメニを。ペリメニに似たヴァレーニキは中身がひき肉ではなくジャガイモ。

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タルタルステーキがあったので食べてみたら、肉がなんだかさらっとしていて不思議な味だった。臭みは全くなく酸味のあるロシアらしい味でとても美味しかった。
ここのペリメニはわさびのような風味のサワークリームでこれまた初めて食べる味。

 

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帰り際スーパーに寄ったら、夜間は酒類を販売していないようだった。

ロシア人は常にウォッカを懐に忍ばせているイメージがあるが、昨今はこうした政策によって若者の酒離れが進んでいるらしい。

治安回復にも効果がありそう。

 

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最終日の朝に見たアムール川


そんなこんなで不安な気持ちで向かった極東ロシア旅行ではあったけれど、怖い思いをすることもなく無事帰ってくることができました。

限られた時間でせわしなくいろいろと見たので、もうすこし余裕があったら良かったなという気も無きにしもあらず。

ロシアという雄大な国への興味も深まり充実した旅だった。また他の都市にも行ってみたいのでロシア語をきちんと習得したいとは思うのだが、結局進歩のない日々を送っている。

 

極東ロシア旅行記 - 3 ハバロフスク-アムール川遊覧

 前回の記事 : 極東ロシア旅行記 - 2 シベリア鉄道

無事 Хабаровск - ハバロフスクに到着しホテルへ。

ハバロフスクで滞在したホテルはその名もСаппоро - サッポロ

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枕元には富士山の写真が…

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廊下にもノスタルジックな日本の写真が並ぶ

Wi-Fi接続をしようとしたらitochuなどと表示されたので日系オフィスなども入っているようだ。

 

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朝食のикра イクラとблины ブリヌイ(blini)

 

翌日は朝からガイドさんと共に市内観光へ。

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朝日を浴びて輝くИННОКЕНЬТЬЕВСКАЯ ЦЕРКОВЬ - イナケンチェフスカヤ教会

ハバロフスク最古のロシア正教の教会。赤と灰色、2色の煉瓦を使う建築様式はハバロフスクの特徴的な建築様式。

ロシア正教に特徴的な八端十字も見られる。

 

Амур - アムール川沿いのКраевой парк им. Н.Н. Муравьёва-Амурского - ムラヴィヨフアムールスキー地方公園。

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ハバロフスク目抜き通りにも冠されているアムールスキーとは、ハバロフスク総督 Николай Николаевич Муравьёв-Амурский - ニカラーイ・ニカラーイェヴィチュ・ムラヴィヨーフ・アムールスキーに由来する。

 

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スポーツ施設も充実。このプールは温水プールで寒さの厳しいハバロフスクの冬でも入ることができるとのこと。にわかには信じがたい。

プーチン大統領は強いロシアの実現のためスポーツ教育にも熱心で、スポーツ成績優秀者は大学入学試験で加点されたりするらしい。

 

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朝早いので基本的にお店は開店前、人影はほぼない。

広大な公園なのでサクッとできる範囲で見て回って車でЦентральный рынок - 中央市場へ向かうことに。

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写真を撮ってくれとせがむお茶目な運転手 車はTOYOTA

 

 

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建物の内外に様々なものが並ぶ中央市場


中国韓国系のお店も多く、アジアとヨーロッパが混在した独特な雰囲気の市場。

日本のものを見つけるとなんだか不思議な気持ちになる。

 

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лимонник - チョウセンゴミシ

狩猟民族が強壮剤がわりに食べるというのがこちらのлимонник - チョウセンゴミシ

効きすぎるので午前に3,4粒のみ食べるのが良いとのこと。酸味と苦味のある独特な味。

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брусника - つるこけもも
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陽気にポージングしてくれる帽子やさん


船の乗船時間の都合でざっとしか見て回れなかったが、こちらの市場もとても広く一日中楽しめそうだった。

 

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さていよいよ船に乗ってАмур - アムール川遊覧へ。12時から2時間おきに出航している。 

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たなびくロシア国旗

所要時間はおよそ1時間。

アムール川をХабаровский мост - ハバロフスク橋に向かって北上していく。

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船は二階建てで飲食物の提供もあり

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アムール川から望むГрадо-Успенский Собор Успения Божьей Матери - ウスペンスキー教会
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午前中訪れたアムールスキー地方公園

川に沿って発達した街なので人口60万人ほどの割に大きく見える、と言われたが人口60万人が今ひとつピンとこない。調べたら千葉県船橋市(62万人) 鹿児島県鹿児島市(60万人)あたりが近似値のようだ。なるほど…。

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風の心地よいデッキ

 

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赤い色が可愛らしい火力発電所

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Хабаровский мост - ハバロフスク橋

5000ルーブル紙幣に描かれているハバロフスク橋。

奥に見えるアーチ状の橋は1900年パリ万博で金賞をとった古い橋の残存部分で現在は博物館となっている。

 

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真下からの眺めに大興奮

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トラス構造が青空に映える

新たな橋は上が自動車道路、下が鉄道の二層構造。

モスクワへ向かうシベリア鉄道もこの橋を渡るようだ。

 

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デッキからの眺め

対岸は田園風景が多く長閑。水は茶色く濁っておりあまり綺麗な川とは言えない。

 

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この日はたまたま民族音楽の一団が乗り合わせており、とても賑やかで雰囲気満点のクルーズだった。

こんなこと滅多にないからラッキーですよ、とガイドさん。

てっきり演出なのかと思っていた。

1曲歌詞の内容を解説してもらったが、
『女性が好きになった1-6人目の男性、お酒の飲み過ぎや背が小さいといった理由で母親に結婚を認めてもらえず、7人目の男性と結婚したが互いにそんなに好きじゃなかった』
というなかなか深みのある話だった…。

 

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最後には操縦室も見せてもらった。

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なかなかのレトロさ
 

意外といろいろ見ていて1つの記事にまとまらなかった…ハバロフスクでの市内観光についてはまた次の記事で。

極東ロシア旅行記 - 2 シベリア鉄道

前回の記事 : 極東ロシア旅行記 - 1 ウラジオストク

 

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なんともレトロなウラジオストク駅

ウラジオストクからハバロフスクへの移動は念願のシベリア鉄道で。

夜間の移動なので景色はあまり見れないけれど、寝台列車はなんだか妙にわくわくするのである。

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ユーラシア大陸にまたがるシベリア鉄道

ウラジオストクからモスクワまでを繋ぐシベリア鉄道は実に全長9,297km、世界一の長さを誇る鉄道である。横断するには丸一週間ほどかかるらしい。

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郵便も鉄道で運ばれてゆく

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モスクワとウラジオストクの観光名所が描かれたエントランスの天井画

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駅構内も古典的なロシア様式に則った可愛らしい雰囲気。

入り口では空港のように荷物検査があるが、鉄道利用者でなくとも入場可能。

展示物もあるので観光名所となっているようだ。

 

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電光掲示板はロシア語表記のみ。

ハバロフスク…Хабаровскね!と、キリル文字を習得しておいたことが役に立つ。

几帳面と言われるドイツ人が誇るドイツ鉄道ではしれっと出発ホームを予告なしに変更したりすることがままあるので、乗車するまではずっと緊張していた。

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キリル文字が読めればНиколай Александрович Романовがニコライ・ アレクサンドロヴィチ・ロマノフだということもわかる!Цесаревичはロシア皇太子を差すようだ。

 

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無事やってきたОкеан-オケアン号

Океанは大洋の意。Oceanから類推できる単語である。

各号車の入り口で検札をしているので、チケットを見せて乗車する。

客室は2名利用の1等客室と4名利用の2等客室の2種類。知らない人と同室になるのはやはり怖いので1等客室を1室借り切りで利用した。

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1人利用ではあるが豪勢に2人分アメニティが用意されている。

入室すると車掌さんが翌日の朝食を聞きに来るのだが、これもどうやら2人分注文することができたような雰囲気…いやはやしかし、欲張らない…。

 

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右の扉を開けると洗面所とトイレ、そしてなんとシャワーまでついている。

水圧は多少頼りないとは言え温度は一定に保たれ十分に使えるもので、期待していなかっただけに嬉しかった。

設備も清潔で申し分ない。

 

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発車するとお土産を売りにきたので、まんまとこのUSBメモリを購入した。かわいい。

 

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ソファを倒すとベットが現れる。

横幅も広く快適。2人利用の場合は上のベッドを引き出して2段ベットのようになるようだ。

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そしてベット脇の棚に積まれる謎のдиск = Disk

何枚もあってナンバリングされていたが番号は飛び飛び…何が収録されているのかは全然わからない。聴いてみるべきだったか。

外は真っ暗で何も見えず終着駅までとは言え寝過ごすのが不安だったので早めに消灯。

 

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翌朝緊張感からか早めに目が覚めぼんやりしていると扉がノックされ朝食が運ばれてきた。

ご存知икра イクラにблины ブリヌイ(blini)である。おやつ気分で美味しい。

沿海地方なだけあってか魚はどこで食べてもおいしかった。

 

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朝日差す車窓

車内は結構揺れるので写真を撮るのはかなり困難で早々に諦めてしまった。

延々と薄茶色く荒れた草地が続く。

 

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そうこうしているうちにアナウンスもなく物静かにハバロフスクに到着。

およそ12時間ほどの乗車だったがあっという間だった。寝台列車での移動は旅の時間を経験に変えるという点で有用に思う。

 

ハバロフスクでの滞在記はまた次の記事で。

極東ロシア旅行記 - 1 ウラジオストク

もう2ヶ月も経ってしまったのだが、9/24から29まで極東ロシアに行ってきた記録を認めておく。 

あくまで主目的はOomph!のライブ撮影ではあったのだが、初めてのロシア旅行ということで観れる範囲でいろいろと行くことにした。

行くことは3月の時点で決まっていたので、それまでにロシア語がそれなりに使えるように…といろいろ参考書を買い込んだものの、怠け者なので結局簡単な質問ぐらいしか習得できなかった。

 

Дайте Апельсиновый сок オレンジジュースをください

Счет, пожалуйста. お会計をお願いします

Спаси́бо ありがとう

Где Fesco-Hall? Fesco-Hallはどこですか?

Можно фотографировать?  写真を撮って良いですか?

 

実際に口に出して言えたのはこのぐらい。もうドキドキである。

 

さて、まずはВладивосток - ウラジオストクへ。

来年にはANAが直航便の就航を発表したが、現時点ではまだS7と言う聞きなれないロシアの航空会社しか飛んでいない。

ロシアの航空会社というとチャイナエアに次いで安く数々の噂話が飛び交うアエロフロートのイメージが強くなんとも不安な気持ちになったが、機体は新しそうで特に怖い思いもせずに済んだ。

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S7の機内から

26日はガイドさんに1日市内観光をお願いした。

 

寒いのだろうと思いつつも連日の日本の重苦しい暑さからなかなか想像することができず比較的軽装でやってきたが、お天気に恵まれたこともあってか、Tシャツ1枚で過ごせる良い気候であった。歩くと少し汗ばむほど。

 

8月は40 2月は-35度と非常に寒暖差の激しい気候らしく、5,9月は過ごしやすいとのだとか。

冬は寒いけれど雪はほとんど降らないとのことでそれもなんだか不思議な感じ。

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町を見下ろすВидовая площадка «Орлиное гнездо» - 鷲の巣展望台

昔は実際に鷲が巣を作っていたらしい。

ウラジオストクは160年とまだ若い都市。開拓当時はまだ馬車の時代でこんなにも車が一般的になるとは思われていなかったので道が狭く、しばしば渋滞に苛まされる。

地下水が豊富なので地下鉄はなく、地下駐車場もないので路駐で狭い道がさらに狭くなるという悪循環のようだ。

 

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高層な建物も散見されるが、なんだか牧歌的な雰囲気

バスなどの公共交通機関もあるようだが、ウラジオストクの人たちは車好きだそうで路線は減る一方とのこと。一家に複数台車があるのも珍しくないそう。

そしてその多くはTOYOTAなどの日本車で、日本のナンバーをそのままにしている車や、なにがしかのお店の名前が日本語で記されたままな車が散見される。

余談ながらプーチンがロシア国内のすべての車を左ハンドルに統一しようとしたら、日本車の多いウラジオストクを中心にデモになり法制化を断念したのだとか。

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Кирилл キリル と Мефодий メフォディ

 

こちらはスラヴ系言語で用いるキリル文字の原型となるグラゴル文字を作ったКирилл キリル と Мефодий メフォディの像。

キリル文字はローマ字を習得しているとнだのрだの、はたまたяやиなどまるで暗号のようなのだが、ギリシャ文字から派生しているとわかるとなかなか納得できるところもあり興味深い。

一通り読めるようになってはおいたので、滞在中簡単な単語や固有名詞なら読むことができて楽しかった。

Почта банк 置き換えると Pochta bank ああ、郵便銀行ね。

Aптека は Apteka 薬局(ドイツ語でApotheke)か、という感じ。

 

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潜水艦С-56 博物館

次は潜水艦С-56博物館へ。

ちなみにСはキリル文字のСなのでアルファベットに置き換えるとSである。ややこしい。

艦隊が継ぎ接ぎだらけなのは戦争によるものだけではなく、わざと穴を開けてそれを補修する訓練を戦後にしていたからとのこと。

潜水艦の中には実際に入ることができる。

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艦内図

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艦内手前の展示室には様々な資料が

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родина мать зовет! - 祖国が呼んでいる!

実際の若者たちは言われなくとも自ら身分証の成年を徴兵年齢に達するように書き換え我先にと戦争に参加したがったので、このような力強いプロパガンダポスターで徴兵を促す必要はなかったらしい。

 

展示室を抜けると当時のままの設備を見ることができる。

 

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以前フィンランドのスオメンリンナ要塞でも似たような潜水艦を見たことはあるが、実際に使われていた計器や魚雷を間近に見ることができるのはやはり興奮する。

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船長室

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魚雷と隣接するベット

この狭い空間で長い間死と隣り合わせの生活をすることを想像すると息が詰まりそうではある。

 

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慰霊碑

外に出るとたくさんの名前が刻まれた慰霊碑が。

二次大戦において独ソ戦は特に苛烈を極め戦死者が多いことで有名ではあるが、名前が分かっているだけでもこれだけの犠牲者が連なっているのを見ると思わず息を飲む。

 

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革命広場

さて、少し移動してロシア革命の戦士を讃える像を従える革命広場へ。週末では市場が開くらしい。

鳩を体に乗せて写真を撮る中国人を見て

「中国人は鳩を食べちゃっていなくなっちゃったから、(鳩が珍しくて)ああやって写真を撮るんですね」

と言うガイドさん。そうなの?

 

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要塞博物館

次に向かったのは要塞博物館。極東の港町なだけあって軍関係の施設が多い。

 

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中には雑然と資料が展示されていた。

 

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開拓当初は国際的な都市で、日本が建てたセントラルホテルなどもあったらしい。

 

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Икона Казанской Божьей Матери - カザンの生神女のイコン

ロシア正教会では信仰の媒介としてイコンを重んじるようで、このカザンの生神女のイコンは中でも有名なものらしい。

 

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外にはこれでもかと言うほど戦車が鈴なりに野ざらしで展示されていた。

 

一部の区画では乗って動かすこともできる。Twitterに乗せた動画を貼っておく。

 

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お夕飯はСелёдка - ニシンの酢漬け とпельмени - ペリメニ(ロシア風水餃子)
どちらも元々大好きなロシア料理だけれど、黒いペリメニを見るのは初めて。黒いのはイカスミで、コクがありおいしかった。

 

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丸一日しっかり観光したものの暮れなずむウラジオストクの街。

燦然と輝くロシア正教会の黄金は全て本物の金箔を使っているらしい。確かにどこもかしこも輝きが凄まじい。

この中心にそびえるのは現在建設中の新たな教会。

 

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この後はウラジオストク駅から念願のシベリア鉄道でハバロフスクへ向かいました。その続きはまた次の記事で。

【Live Report】Oomph! R・I・T・U・A・L TOUR 2019

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NDH (Neue Deutsche Härte)と呼ばれるドイツの音楽ジャンルにおける先駆者的バンド Oomph!のドイツ国内およびヨーロッパツアーが3月に行われた。

 Oomph! / R・I・T・U・A・L

今年1月に発売されドイツ国内チャートでめでたく1位となったアルバムRITUALを引っさげての今ツアー、縁あって3/8 Stuttgart公演の撮影に入らせていただいたので、その写真を交えてライブレポートをお送りしたい。

 

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ぼんやりと青い照明に照らされる中メンバーが順に登場、早速新曲TRRR - FCKN - HTLRから勢いよくスタート。

 

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激しいイントロに合わせてステージの上をぐるぐると徘徊するボーカルDeroはまるで何かに取り憑かれたような気迫がある。

 

間髪入れずに映画ボヘミアンラプソディが大ヒット中のQUEEN „We will rock you“のドラムのリズムで手拍子を促し、コーラスの掛け合いで少し観客のテンションをあげてから流れるようにLabyrinthへ。

代表的な曲であるだけにサビの “links rechts gradeaus“ - 左・右・まっすぐに というフレーズは会場全体から声があがる。

 

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続いてのTräumst du ではSpring! -飛べ! との掛け声でメンバーも客席も一斉に飛び跳ね一体に。

 

„Dieses Lied wurde wirklich extra für euch geschrieben. Nur euretwegen können wir seit fast 30 Jahren unseren Traumleben, Danke!“ - この曲は特に君たちのために書いた曲なんだ。君たちのおかげで約30年間夢のような生活ができていることを感謝する。

と言って始まったのはJetzt oder nie、場内は拳を振り上げ熱狂に包まれた。

 

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一息ついてギターのCrapとFluxはキーボードにパートチェンジ

 

„Was richtig altes. Älter als wir sind...? Nein, Das geht´s nicht. “ - ここで古い曲を…僕たちよりも古い?いやいや、それはありえないね。

と冗談を交えつつ 

„Wir haben den Song selber geschrieben. Wer kennt unserer erstes Album ? “ - 僕たちは自分たちで曲を書いているんだけれど…僕たちの初めてのアルバムは知ってる?

 と問いかけてから歌い出したのはDer neue Gott

 

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„Ich bin der neue Gott“ - 我は新たな神である 

と何度も繰り返すテクノ色の強い初期の楽曲。

 

„Es gibt noch älter, hier ist das aller erstes Stück jemals für Oomph!. Es war der Ende der 80er Jahren...Wer war der Ende der 80er Jahren schon geboren?“ - さらに古い曲…Oomph!で初めて書かれた曲を。80年代の終わり頃の…80年代の終わりにもう生まれていた人は? 

としばし観客とのコミュニケーションをとってから、幅広い世代が一堂に会することはとても素晴らしいことだ、と言ってMein Herzへ。

場内を見渡すとなるほど老若男女幅広く支持されていることがよくわかる。

 

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ボーカルと共にドラムも担当するDeroはライブではフロアタムを2つ並べて要所要所で叩いているのだが、この初期2曲での規則正しいドラミングはまるで宗教的儀式のよう。

続くDas weisse Lichtのイントロが始まるとDeroは一度袖にはけ水を両手に再登場、場内に勢いよく水を撒くと歓声があがった。

 

そして

„Für das nächste Lied braucht Eure Unterstützung, Ich hoffe ein einfachmal, dass wir uns einig sind, bei dem einen Satz den wir jetzt gleich zusammen  singen. ganz einfach, aber sehr wichtig ... 【Nie wieder Krieg!】“ - 次の曲ではみんなの手助けが欲しい。曲のワンフレーズを一緒に歌ってくれたら、と。とても簡単だけれど重要なこと…【戦争を繰り返さない!】

と新たなアルバムから一曲、Tausend Mann und ein Befehlを。

 

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戦争をテーマにした曲なだけあってイントロのドラムやギターの音はまるで銃声。

 

そしてライブ中盤、壮大な広がりを感じる曲niemandでは曲の終わりに毎回Deroが客席へとダイブするのが恒例。

ステージに戻ったDeroは観客とのコールアンドレスポンスののち、

„Willst du euch lieben ?  Trotzdem... ist der jetzt...ganz ganz stark sein... Dies ist kein Liebeslied!“ - 愛し合いたい…?でもね、これはラブソングじゃない!

といってアルバム発売に先駆けてリリックビデオを公開していた楽曲 Kein Liebesliedへ。

 

これまた冒頭のTRRR - FCKN - HTLRと同様にDeroが勢いよくステージの上をグルグルと歩き回る激しい楽曲で迫力がある。

 

„Euch trotzdem lieb. Nach diesem Lied kann eigentlich nur ein Liebeslied komm, oder? Schenkt mir ein Licht, Handy, Feuerzeuge, irgendwas.“ - まさかね、君たちのことはもちろん愛しているよ。こんな歌の後には当然ラブソングを演奏しなくちゃね? 携帯、ライター、なんでも良いから光をつけて

 とフォローも入れつつ、続いてはバラードのAuf Kursに。

客席各々が一斉に光を揺らし、場内は幻想的な雰囲気となった。

 

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そしてキーボードのFelix以外が一度はけ、歌詞をなぞるように指を喉の奥に入れる仕草からFieber〜Das letzte Streichholzのバラードアレンジメドレーに。

この2曲、全く異なる楽曲にも関わらず自然に融合しており、FelixのキーボードとDeroのドラムのみというシンプルなアレンジがとてもよく響いた。

そして再びメンバーが揃い、ミドルテンポでカラフルな印象のGott ist ein Popstarから切りつけるような怪しげな音色で激しく彩られるGekreuzigt、さらには激しく切ないバラードであるAlles aus Liebeへと目まぐるしく展開していく。

 

一呼吸置いて始まったのはこれまた新たなアルバムからMVにもなっているIm Namen des Vaters

 

ライブもいよいよ終盤にさしかかりバラード Jede Reise hat ein Ende - 全ての旅には終わりがある が演奏されると得も言われぬ感情が押し寄せてくる。

しかしそんな感傷的になったところを吹き飛ばすかのように、続くKleinstadtboyではショッキングピンクの照明に照らされたメンバー全員がいたずらっ子のような表情を見せ、少し力が抜けたり。

 

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そしていよいよライブも大詰め、ドラムに合わせた手拍子からベースが重なりはじまったSandmannで一挙に盛り上げ、続く本編ラストOomph!一番のヒット曲 Augen aufで場内の盛り上がりは最高潮に達した。

 

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アンコールでは不穏なキーボードの不協和音からMein Schatz、そして最後は重厚なバラードであるAls wärs das letzte Malで締めくくった。

 

Der Mond geht auf, ich bin bereit
Bereit von dir zu scheiden
Es spannt sich zwischen uns ein Band
Wir müssen es zerschneiden
In deiner Nähe bin ich einsam
Denn du bist zum sterben schön
In Liebe lassen wir uns fallen,
Mit dir will ich heut' Nacht vergeh'n.

 

月は登り準備はできた

あなたと別れる準備が

私たちの間には絆がある

その絆は切り離さなければならない

あなたのそばで私は孤独である

なぜならあなたがきれいに死にゆくから

私たちは恋に落ちた

私はあなたとこの夜を過ごしたい

 

と、ライブの終わりにふさわしい物悲しくも美しい死に別れの歌詞である。

近年のOomph!は叙情的な詩表現が多く、大きな魅力の一つでありライブにおける物語性を高めているように感じる。

 

新旧の楽曲を織り交ぜ緩急のあるバランスの良いセットリストはさすがキャリアのなせる技、といった感じ。

そして1ヶ月でドイツ国内11箇所とヨーロッパ11箇所の計22箇所を回るという過密なスケジュールながら、毎回2時間にも及ぶ激しいライブを質を落とさずに続ける剛健さにも驚嘆した。

結成30周年となる彼らだが、まだまだ今後の活躍に期待したい。

 

Oomph!

Vo./ Dr. Dero Goi
G. / Key. / BGV.  Andreas Crap
G. / Key. / Sampling / BGV. Robert Flux

 

Support
Ba. / BGV.  Hagen

Key. / BGV.  Felix

Dr. Silvestri

http://oomph.de

 

-set list-

 

1. TRRR - FCKN - HTLR

2. Labyrinth

3. Träumst Du

4. Jetzt oder nie

5. Der neue Gott

6. Mein Herz

7. Das weisse Licht (Lange version)

8. Tausend Mann und ein Befehl

9. Niemand

10. Kein Liebeslied

11. Auf Kurs

12. Fieber - Das letzte Streichholz (MEDLEY)

13. Gott ist ein Popstar

14. Gekreuzigt

15. Alles aus Liebe

16. Im Namen des Vaters

17. Jede Reise hat ein Ende

18. Kleinstadtboy

19. Sandmann

20. Augen auf!

Encore:

21. Mein Schatz

22. Als wärs das letzte Mal

 

露語事始

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икра́ минта́й イクラ ミンタイ スケトウダラの卵 つまりたらこのこと

先月末からロシア語学習を始めた。
語学学習がとりわけ好きというわけではないのだけれど、はじめたては自己効力感を高めてくれるように思うので人生の脱線…という感じ。
 
わたしの語学力は
・日本語 母語
・ドイツ語 上級(CEFR C1)
・英語 中学レベルでも怪しい
 
英語を完璧なものにしたほうが良いのではという客観的な意見もあるのだけれど、英語にはとんでもなく苦手意識があるし、英語が出来る人は周りに多いのでいよいよ必要な時にはアウトソーシングすれば良いか、と思っている。
 
また英語は義務教育でしか触れていないけれど、ドイツ語を始めてから上達したと言われた。
近似の言語を学ぶことで知らず知らずのうちに英語力が底上げされているらしい。
とはいえ苦手意識は根深く上達している自覚はあまりない。
 
余談ではあるがわたしは捻くれ者なので、英語を習得した人がグローバリゼーションを声高に主張していると、全ての国が英語圏というわけではないし、思ったより万能な言語ではないですよと水を差したくなる。
もちろん、世界的に通じやすい言語であるとは思うし義務教育レベルですら危うい私の拙い英語でも助けとなったことはある。
 
少し話が逸れた。
 
さて、予てより簡単には読めない(ローマ字ではない)言語を習得してみたいという思いがあったので、ロシア語・タイ語・アラビア語あたりかなと思っていた。
簡単には読めないと言うのは、暗号感があって心が躍るという厨二病的発想である。
石川啄木だって当時は文化人にしか読めなかったローマ字で花街通いについてなぞ記していたのだ。*啄木・ローマ字日記 (岩波文庫 緑 54-4)


実用的という意味では中国語も習得したいと常々思っているけれど、なんとなく漢字で意味が取れてしまえるように思えるのと同時に多量の漢字に抵抗があるのでこちらは後回し。
タイ語は一時期マッサージ屋さんのタイ人と仲良くなったこともあり習得を試みたけれど、文字があまりにも馴染まず始めるには至らなかった。
アラビア語は文字がとんでもないのも去ることながら現時点では文化的に強い興味があるものがないかな、と。
そこで文化的に元々興味があり、ローマ字に似て読めそうで読めないロシア語になった。
なんといってもわたしの一番好きな映画は惑星ソラリス(Солярис)、ロシア映画なのだ。
ボルシチ бо́рщ・ペリメニ пельмениといったロシア料理も大好きで、ロシアスーパーに行くたびこの暗号が解読できたらな…と思っていた。
あと歴史的に秘密の多い国でもあるので、一次情報を得ることでそのあたりも理解が深まるかな、とも思ったり。
 
さて、わたしは言語を覚えるときに文字情報として頭に入れる癖があるのだけれど、これは言語習得には向かない傾向だと思う。
文字からの言語習得は発音と表記に乖離があると非常に混乱する。
たとえば英語のknowのkを読まない、と言ったいわゆる黙字。
フランス語はそんな読み方する?!の連発であることはわかりきっているので手を出さずにきたけれど、まさかロシア語もそうだとは…ударе́ние(ウダレーニエ)という一部を伸ばすアクセントをはじめ、оは場合によりaと読むことがあったり…キリル文字が一通りわかるようになっても一筋縄ではいかない。
日本語も漢字の当て字とか多少は特殊な発音のものはあるけれど、基本的にひらがなは一文字一音だし、ドイツ語も変則的な読みをするものはそうないように思う。
世界的には発音と表記に乖離があるほうが多いのだろうか。
 
読み書きができなくても言葉は話せるようになるはずとは思うものの、読み書きなしでの言語習得がなかなか想像できない。
日本人は読み書きは得意なので言語テストの点は良いけれど喋るのが苦手で、それとは反対にヨーロッパ系の人は言語を耳で覚えるので流暢に喋っているように見えるけれどテストはできない、というようなことは一般的によく言われる。
日本人のわたしは例に漏れず未だにドイツ語を話すのは苦手。
それとは逆に、ドイツでやり取りをしているとたまにボイスメモを送ってくる人がいるのは、書くことが困難だからなのか、と実感することも。
日本でボイスメモを送るような場面は恋人同士などよほど親密な仲でないと想像し難い。
 
この違いは脳の癖から生じるのではないかとなんとなく思っている。
日本人は初めての言語習得が漢字の書き取り練習など否が応にも読み書きに密着したものとなるので、読み書き優先型の発達をしやすいのかもしれない、と。
 
完全に趣味なのでゆるりとやれば良いか、とも思うけれどそうするといつまで経っても習得できなさそう、と思っていた矢先にロシアに行く話が持ち上がった。
格変化が6つもあるとわかって慄いているけれど、どうなることやら。
とりあえず旅行で困らない程度に扱えるようになりたい。
昨日少し知っている単語を友人に披露して自覚したのは見事に食べることに関する言葉ばかり覚えているということ。人は欲望に忠実である。
しかし欲望よりも大事なのは身の安全。
先日訪れたオランダ ユトレヒトで銃撃があったと知り、最低限現地の言葉で 危ない 逃げろ 助けて などの緊急時の単語は把握しておくべきだとしみじみ思った。
数字に関する言葉も把握しておくべきと思うもののこれがなかなか難しい。
日本語は1-9が固有の呼び名、続いては大きいくらいから順に読んでいくだけなので最も単純だと思う。
英語の数字は1-12が固有の呼び名、後は10の位、1の位の順で例外がないのでこれも比較的覚えやすい。
ドイツ語は12までは英語と同じく固有の呼び名だが、2桁の数字はなぜか1の位から読む(例えば21は Einundzwanzig 分解すると ein und zwanzig で1と20という言い方)
あと大きな数は英語だと Million(10^6) Billion (10^9) Trillion (10^12)と続くが、ドイツ語ではなぜかMillionとBillionの間にMilliardeというものが存在するので、 Million(10^6) Milliarde(10^9) Billion (10^12) 続いてこれまたBilliarde(10^15) となりかなり英語とはズレがある。
そうそう大きい数字は日常では使わないけれど、ふと必要になったときしばらく考え込んでしまう。
フランス語の数字はとても複雑とよく聞く。それもまたフランス語を始める気がしない一要因である。
 
そんなこんなでまだキリル文字を読むのもたどたどしい段階なので、とりあえずは原始的に音だけでとにかく単語を覚えようとしている。
しかし単語が長くゲルマン語派との類似性も乏しいので色の名前ですらすんなりとはいかない。どこまでやれるだろうか。

 

Faschingについてのあれこれ

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店先で普段よりカラフルなKrapfen  (クラプフェン) を見かけることが増えると、そろそろFasching (ファッシング) だなと身構える。

 

Faschingはいわゆるカーニバル。有名なリオのカーニバルなどと興りはおなじもの。

なんとなく2月というイメージを持っているけれど、今年は随分遅くて今日2/28から。

春分の日の次の満月の後の日曜日からキリストの復活祭であるイースターを決め、そこから逆算して…とややこしい移動祭日ではあるが、今時は数年分ネットで参照できる。

平たく言えばキリスト復活祭までしばらく断食期間となるので、その前に美味しいものを食べておこう、というカトリックのお祭り。厳密には11月からシーズンは始まっている。

 

1週間ほど続くFaschingには特別な名前がついている日もあり、行事も様々。

ミュンヘンのFaschingの予定はmünchen.deで確認できる。

初日である今日はUnsinnigen Donnerstag 無意味な木曜日。一般的にはWeiberfasching 女性のFaschingとも呼ばれる日で女性が街中の男性のネクタイをハサミで切る、という不思議な慣習がある。

 

気になったので調べたらAugsburger Allgemeineでこんな記事を見つけた。

www.augsburger-allgemeine.de 

 

民俗学者Alois Döring曰く、19世紀のBeuelというボンの地区で洗濯婦は1日16時間も働くのに対して男性の仕事はその綺麗な洗濯物をケルンに運ぶだけ。それにうんざりした女性たちが年に一度だけ、その不満を表明しているのだとか。

男性の力の象徴であるネクタイを切ることで上下関係を解消するという意味合いがあるらしい。

しかし伝統的な風習と言えども法的には物的損傷だから気をつけてね、と規則にうるさいドイツ人らしい言葉で結ばれている。

ちなみにボンのあるラインラント地域では非公式ながら休日となっており多くの場所では午後仕事が休みになるとか。

ドイツは州によって祝祭日が異なる上、 学校の休みなどは州によってずらしているので同じ国内でも休日事情はかなり異なる。

 

いわゆるカーニバルらしくなるのはミュンヘンでは日曜から火曜にかけて。

街は仮装した人でいっぱいになる。

ハロウィンシーズンもデパートなどではそれなりに仮装グッズを取り扱っているけれど、今の時期はそれとは比べ物にならないぐらい大きい仮装グッズコーナーが特設される。

 

月曜はRosenmontag 薔薇の月曜日と呼ばれるが、このRosenには諸説あるらしく、グリム兄弟のドイツ語辞書を参考にした解釈ではMittelhochdeutsch(中高ドイツ語=少し古いドイツ語)のRasenmontagに由来しており、このrasenとはケルンの方言でrose 標準語ではtollen はしゃいで歩き回るという動詞からということになっている。

これとは別で薔薇に関する逸話もあるらしいが、rasenの説の方が騒いで練り歩くFaschingには適切なように思う。

このRosenmontagがFaschingのピークとなる地域もあるようだが、ミュンヘンでは続く最終日Faschingsdienstag Faschingの火曜日が一番のピーク。

これがまあ、とーっても騒がしい!

Viktualienmarktには小ステージまで作られて人がみっちりとひしめき合い歌ったり踊ったり朝から晩までどんちゃん騒ぎ。引っ越す前はViktualienmarktに家が隣接していたので辟易していた。

身動きも取れないほど一箇所に人が集まるのはサッカーの試合がある日以外には珍しい。

この火曜はやはり公的には祝日ではないのだが、ミュンヘンでは午後には多くが店仕舞い。munchen.deではいくつかの店舗の閉店時間を例示している。

 

仮装した人たちは色とりどりの紙吹雪をそこここに散らすのだけれど、不思議と次の週にはまったく見かけないほど綺麗になる。

思えば冬場の雪対策で方々に撒かれる砂利も夏にはその存在を忘れるほど姿を消すのはなかなかの驚きで、AWM(ミュンヘン清掃局)の清掃活動に対する腐心が感じられる。

 

そんなこんなでどんちゃん騒いだ後、Aschermittwoch 灰の水曜日から復活の日までは断食期間となる。

断食に備えて高カロリーのものを摂取しよう、と冒頭に載せたKrapfenを食べるのだ。

英語圏ではPancake Dayとして灰の水曜日の前日に食べる習慣があるようだけれど、ドイツでは特に決まった日はなく漫然と食べている気がする。

 

Krapfenと呼ぶのは南部だけで、北部ではBerliner Pfannkuchen (ベルリーナープファンクーヒェン) と呼ばれる。

この呼び名事情がなかなか面妖で面白い。

Pfannkuchenは南部ではパンケーキやクレープのことを指す。

では北部ではパンケーキのことをなんと呼ぶか?

答えはEierkuchen(卵のケーキ)

 

Krapfen自体は通年販売していて、大晦日にも食べる習慣があるらしい。揚げパンやドーナツに似たおやつで、中にはジャムやクリームが入っている。

普段は粉砂糖をまぶしたシンプルなものなので、この時期の色とりどりで毒々しいものとはだいぶ印象が違う。

ビール!ソーセージ!と言われがちなドイツだけれど、Krapfenもなかなかの名物ですよ。